両手が動かなくなっても諦めなかったピアニスト。22年ぶりのピアノ演奏、言葉で表せない音色に涙が溢れだしてくる…

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ブラジルのピアニスト、ジョアオ・カルロス・マーティンさん。

彼は指を負傷し、20年以上ピアノを演奏することができなかったといいます。

しかし、最近開発された生体グローブにより、再びピアノを演奏できるようになったそうです。

この記事は、ジョアオ・カルロス・マーティンの20年ぶりの演奏と、ネットのコメントなどについて紹介します。

手が動かなくなっても諦めなかったピアニスト

オカアツシさんのツイートです。

ブラジルのピアニスト、ジョアオ・カルロス・マーティンは、負傷により指が動かせなくなった。

負傷ののち20年以上にわたってピアノを演奏することができなかった彼が、最近開発された生体グローブを使うことで再度演奏できるようになったときの演奏。

泣いている。

演奏の途中で涙を流すジョアオ・カルロス・マーティンさん。

ジョアオ・カルロス・マーティンさんについて書かれた記事がありましたので、要約して紹介します。

不屈のピアニスト、ジョアオ・カルロス・マーティン

ジョアオ・カルロス・マーティンさんは、天才ピアニストと称えられるなか、怪我と病気で左手しか動かせなくなったそうです。

ピアニストとして致命的な、指が動かせないという病気を抱えながらも、動かせる数本の指を使い音楽活動を続けられていました。

その後、指揮者となって更新の指導にも尽力されてきたジョアオ・カルロス・マーティンさん。

人生を振り返ると、幼いころから病弱ではありましたが、8歳で本格的にピアノを習い始め13歳でプロの演奏家としてブラジルを拠点に活動。

20歳の時に、ニューヨークのカーネギーホールでデビューコンサートを行い、「20世紀で最も偉大なバッハの奏者」として世界中のクラシックファンを楽しませる演奏をされていました。

ところが、1965年にサッカーの練習試合で転倒し、右手の指の3本に障害が残るという大怪我を負ってしまいます。

ジョアオ・カルロス・マーティンは懸命にリハビリを続けて復帰。

しかし、復帰を果たした後に、1995年にジョアオ・カルロス・マーティンに悲劇が襲い掛かります。

ブルガリアで強盗に頭を殴打され、もともと痛めていた右手の状態が悪化、手術やリハビリを繰り返すも左手の数本の指しか動かなくなってしまうのです。

さらに悲劇はマーティンに襲い掛かります。

2001年頃に神経系と筋膜に関わる病気を発症し、数本の指しか動かなかった左手も、ほとんど動かなくなってしまうのです。

その後、指揮者として活動したジョアオ・カルロス・マーティンですが、2019年3月に引退。

両手の指がほぼ動かないまま、このまま余生を過ごすのかと思われたマーティンさんですが、2020年に新たな可能性を手に入れます。

それは、ブラジル人エンジニアが開発した「バイオニック・グローブ」で再びピアノ演奏ができるようになったのです。

「キーボードに10本の指を置いたのは22年ぶりです。」

「過去のスピードを取り戻すことはできないかもしれないし、どんな結果になるのかもわからない。私は8歳の時のように(ピアノのレッスンを)最初からやり直している。1、2年かかるかもしれないけど、できるまで続ける。諦めないよ。」

不屈のピアニスト、ジョアオ・カルロス・マーティンの挑戦は続きます。

ネットのコメント

不屈のピアニスト、ジョアオ・カルロス・マーティンが指1本でピアノ演奏をしている動画が、youtubeにUPされていたので紹介します。

Aria da 4ª Corda (Bach) – Maestro João Carlos Martins e Orquestra Bachiana Filarmônica

マーティンさんが22年ぶりの演奏中に流した涙。

見ているこちらまで涙がでてきます。

「過去のスピードを取り戻すことはできないかもしれないし、どんな結果になるのかもわからない。私は8歳の時のように(ピアノのレッスンを)最初からやり直している。1、2年かかるかもしれないけど、できるまで続ける。諦めないよ。」

不屈のピアニスト、ジョアオ・カルロス・マーティンさんのこれからを応援したいですね。


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参考:twitter、youtubne、HILLSCLUB

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