村雨辰剛さんのプロフィールは?イケメン外国出身庭師村雨辰剛さんまとめ

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10月22日放送のNHKEテレ「沼にハマって聞いてみた」は庭づくりがテーマです。

庭やベランダを植物やオブジェなどでかざる庭づくりは40代以上のオジサンの趣味と思いきや、高校生などの10代も熱中していることをご存知ですか?

ベランダにウッドデッキを設置し、庭づくりをするなど庭のDIYを趣味とする方は、性別を問わず多いですね。

10月22日放送の「沼にハマって聞いてみた」には、「みんなの筋肉体操」で知られているスウェーデン出身の庭師、村雨辰剛(むらさめたつまさ)さんが出演されます。

みんなで筋肉体操で、鍛え上げられた筋肉を見せてくれた村雨辰剛さんの本業は庭師ということをご存じでしたか? ムキムキの体から、筋肉庭師とも一部では呼ばれているようですよ。

みんなで筋肉体操では、俳優の武田真治さん、弁護士の小林航太さんと一緒に番組に出演されていましたね。

この記事では、庭師村雨辰剛について調べて紹介したいと思います。

村雨辰剛さんのプロフィールは?

村雨辰剛さんのプロフィール

名前:村雨辰剛(むらさめたつまさ)

生年月日:1988年7月25日生まれ 31歳

出身地:スウェーデン スコーネ県 エルケルユンガ市出身

村雨辰剛さんはスウェーデン出身で、26歳(2015年)で日本に帰化しました。

村雨辰剛さん が生まれたエルケルユンガ市をGoogle mapで見てみると、スウェーデンの中でもデンマーク寄りの場所に位置している都市ということがわかります。

スウェーデン生まれの村雨辰剛さんですが、日本に帰化する前の名前はヤコブ・セバスティアン・ビヨーク( Jakob Sebastian Björk )というそうです。

村雨辰剛さんの経歴は?

村雨辰剛さんの経歴について調べてみました。

村雨辰剛さんの学生時代

村雨辰剛さんは、幼少の頃にご両親の離婚を経験されたそうです。

母親に引き取られた村雨辰剛さんでしたが、母親が後に再婚。

義父となった方の職業は空軍パイロットでした。その影響を受けたせいか、村雨辰剛さんはスウェーデン軍のレンジャー部隊の試験に合格します。

「みんなで筋肉体操」で披露していた美しい筋肉は、レンジャー部隊の入隊試験のために鍛えたものなのかもしれませんね。

レンジャー部隊に合格するも、日本への憧れを抱いていた村雨辰剛さん。日本への興味を抱いたきっかけは、中学校の世界史で日本のことを学んだことなのだそうです。

日本に興味を抱いた中学時代に、yahooチャットで日本人と会話をすることで日本語の勉強をし、16歳のときにチャットで知り合った日本人から招かれて、遂に憧れの日本へのホームステイを果たします。

日本滞在中は、ホームステイ先が旧家で、伝統的な日本の生活を体験したそうです。神社や仏閣を巡り、日本の伝統や歴史について学習されたようです。

スウェーデンに帰国した後は、高校に進学し、卒業。その後の進路は、合格したレンジャー部隊を辞退し、日本に移住します。

いくら憧れの国とはいえ、就職を辞退してまで日本移住を選択した村雨辰剛さん。高校卒業の若さで日本移住を選択するなんて行動力には驚きですし、ホームステイで経験した日本という国がよほど気に入ったのですね

村雨辰剛さんの日本移住後の職業

村雨辰剛さんの移住後の職業は、語学講師だったそうです。学生時代にしていた日本人とのyahooチャットや日本へのホームステイで鍛えた語学力で、愛知県名古屋市で英語やスウェーデン語を教える語学教師をしていたそうです。

2011年の東日本大震災後に一度スウェーデンに一時帰国。心配していた家族を気遣っての帰国だったそうです。

村雨辰剛さんの職業は初めから庭師ではなかったのですね。

再来日後に庭師の道へ

スウェーデンへ一時帰国した村雨辰剛さんですが、再度来日します。

再来日後も語学講師をするのかと思ったら、「庭師」への道を歩むことになります。

それにしても、日本人でも庭師になろうという人は多くないのに、スウェーデン人の村雨辰剛さんはどうして「庭師」になろうと考えたのでしょうか?

大手小町にこんなインタビューが掲載されていました。

たまたま見ていた求人誌で、造園業のアルバイトを募集していたのがきっかけでした。

同じく大手小町のインタビューに「日本文化や伝統的なものを学びたいと思って日本に来たのに、これでいいのか」 と自問していたとあります。

造園業のアルバイトを8カ月した村雨辰剛さんは、アルバイトを通して「日本の美意識」に触れることができたのだそうで、本格的に造園技術を学びたいという思いが強くなったようです。

本格的に造園業を学びたい村雨辰剛さんは、弟子入り先を探します。

徒弟制度(とていせいど)というのをご存知ですか?

徒弟とは、言わば「親方」と「弟子」の関係で、植木職人のような職人さんの下で一人前になるために修行することです。

wikipediaで徒弟を調べてみると、

徒弟(とてい、英語apprenticeship)、見習いとは、商人職人職業教育制度。

雇用主と契約した期間、継続的な労働に従事することで、それと引き換えに商売や技能を学ぶことができ、一般的な期間としては3-6年間であり、修了した者は一人前の職人として扱われる。

徒弟 - Wikipedia

wikipediaより抜粋引用。

日本に古くからある徒弟制度ですが、イギリスやドイツでもあるそうです。

親方の下で植木職人になる修行を始めた村雨辰剛さん。修行期間は5年に及んだそうです。

修行中に親方に言われたことは、 「きれいに掃除するのも大事だが、時間が空いたら俺の仕事ぶりをよく見ろ」

仕事は目で盗めということなのでしょう。職人の世界ならではの弟子を思う師匠の愛がこもった指導ですよね。

26歳で日本帰化、村雨辰剛という名前の由来

26歳で日本帰化、村雨辰剛が誕生します。

しかし、村雨辰剛という名前は誰がどのようにつけたか気になります。

外国人の方で、結婚して日本に帰化する方が多くいますが、村雨さんはそうではありません。

村雨辰剛さんは独身のようですよ。庭師の収入では結婚はムリという発言もしています。

では、村雨辰剛という名前は誰がつけたのでしょうか。

村雨さんには2人の親方がいました。親方と親方のお父さん(先代の親方)です。

村雨辰剛の名前の由来を調べてみると、村雨という名前は、先代の親方にいただいたそうです。

村雨の由来は、 時代小説家の村雨退二郎さんの姓だそうで、辰は生まれ年の干支剛は親方からいただいたのだそうですよ。

それにしても2人の親方から名前をいただけるなんて、村雨辰剛さんが信頼されていたこと、仕事ぶりが実直であったこと、信頼され愛されていたことを証明しているんだと思います。

「みんなで筋肉体操」への出演のきっかけ

村雨辰剛さんは、庭師という背景があったからこそ、番組側からオファーがあったと言います。

具体的なきっかけは調べても見つからなかったのですが、「イケメン外国人で日本に帰化した庭師 」なんて日本中探してもそうはいないですよね。

村雨辰剛さんの家族

Instagram

村雨さんのインスタグラムには、家族である可愛らしい猫ちゃんとの写真があります。

猫の名前は「芽吹き」ちゃんと言うそうです。 芽吹きちゃんの名前には、木々の新しい芽が吹き出るように元気に育って欲しいという村雨さんの思いが込められています。

芽吹きちゃんには村雨さんが保護したことがきっかけで飼ったというエピソードがあります。村雨さんを指導した尊敬する親方も猫を飼っていたのだそうです。

それにしても、「芽吹き」なんて植木職人である村雨さんならではのネーミングですね。

また、ネットで村雨さんのことを調べると、「結婚」や「彼女」というキーワードが予測されるのですが、結婚の事実や彼女がいることは確認できませんでした。

まとめ:村雨辰剛さんは日本文化を愛するスウェーデン生まれの独身庭師

村雨辰剛のプロフィールや名前の由来、家族について調べてみました。

村雨辰剛さんは日本が大好きなのだそうです。

庭師として日本庭園という日本の伝統的な文化を遺していきたい気持ちが強く、庭師という仕事は野外での肉体労働で大変なこともたくさんあるけど、興味を持った方は下積みから頑張ってほしいと思っているそうです。

村雨辰剛さんは、一生をかけて伝統ある庭師を続けていく職人なのだと思います。

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